ABC自動車販売−顧客感動型販売を実現するまでの700日

販売台数から顧客満足へ −顧客感動型販売を実現するまでの700日

お客様にとっても社員にとってもいい会社にしたいとがんばってきたんですがね・・・

「私が長い間トップダウン型でやり続けてきたことのしっぺ返しなんでしょうね? 

最近は社員の主体性を大切にしているつもりなんですが、どうしても反応が返ってこないんですよ。いろいろ試しました。社員との昼食会や、無礼講の飲み会、でも、どうにも『のれんに腕押し』って言うんでしょうか、うちの社員は野心がないっていうか、『自分を主張したい』という気持ちが薄いような気がするんです。どこかで私に対して『萎縮』しているように感じるんですよね。

私なりに、お客様にとっても社員にとってもいい会社にしたい、と願ってがんばってきたんですがね・・・」

無礼講の飲み会でも本音は言いにくい・・・

「社長のことは尊敬しているんですよ。立派な考えを持っているし、『萎縮している』というのは違うんですよ。社長の期待に応えられていないのはわかっていますから、申し訳ないという気持ちのほうが近いのかなぁ。しかも、何か言っても、結局は社長のほうが正しい答えを持っているじゃないですか。

社長との昼食会や飲み会だって、本音で何でも話せといわれても正直困りますよ、いくら社長が顧客満足って言っても、店長クラスが古い体質だから若手にはどうしようもないってこととか。そういう古い体質の上司になんか物申そうものなら、絶対嫌がらせされますから。」

「社員一人ひとりが顧客のことを考え、自ら動く」という仕事の仕方に変えなければならない

新規客ばかりを追いかける従来の営業スタイルではなく、付帯サービスや中古車販売などで既存客をリピーター化できないディーラーに将来はないとの思いから、山田社長は数年にわたり、顧客満足を経営の軸にしようと腐心してきた。

その為には、「これまでのように言われたことだけをやるのではなく」「社員一人ひとりが顧客のことを考え、自ら動く」という仕事の仕方に変えなければならないと考えた。しかし、山田社長のメッセージは上滑りし、現場では相変わらず目の前の新規客を追い求めて、既存客へのフォローが後回しにされてしまう現状を変えることができないでいた。


風土改革キックオフ

「改革を一人相撲でやってきて、限界を感じていたのです。『制度や仕組みの土台になる風土から変えていく』というスコラさんの話を聞き、『これに賭けてみるしかない』という気持ちだったのです」

何から始めるべきかという課題ははっきりしていた。経営の軸の共有である。そのためには、トップが自らのビジョンを発信する場を作り、それについて社員一人ひとりが考える機会を作っていく必要があった。

スコラコンサルトよる講演を開催し、風土変革の必要性を訴えた後で、山田社長自身が熱意を込めてビジョンを語った。こうして前提条件を整え、プロセスデザイナー(以下:PD)は、交流型オフサイトミーティングを開催していった。ここで得られる現場の生々しい声こそが変革を次のステップへ押し進める材料になるからだ。

トップにとっても社員自身にとっても大切な一歩

長年トップダウン型の組織に染まり、萎縮してしまっていた中堅以上でのオフサイトミーティングは進行が困難だった。「主体的な行動を」と呼びかけられても、新たな提案は新たな怒られる種、としか考えられず、議論はなかなか進展しない。

この状況を打破したのは、20代の若手社員だった。「もう上を向いて仕事をするのではなく、お客様の方を向いて仕事をしようよ」
この言えそうで言えなかったひとことを初めてみんなの前で声に出したのだった。

その後、この場ではビジョンの話から、具体的に「こんなことをしてみたい」「あんな方法はどうか」という課題がなど様々な意見が出てくるようになった。

「そもそも顧客視点とは何か」などのような原理原則に立ち戻って語り合える雰囲気がオフサイトミーティングにはある。顧客満足の取組みを研究してみようというアイディアが生まれ、そしてそれは実行に移された。社員が自ら考え、自ら動いたことは、山田社長にとっても社員自身にとっても大切な一歩であると感じられていた。

トップの本気の思いが社員の動議づけに

PDは真剣な表情で言った。
「山田社長、どんな形でもいいから社長の思い、考えを社員に伝えてください」
「叱ることも、トップダウンも否定しません。むしろ必要なことです。でも、山田社長は叱るときに『理由』を話しません。だから、社員側はなぜ叱られたかを理解することができず、同じミスを繰り返すばかりか、『怒られた』という事実だけが強く印象に残ってしまうのです」

以前ならきっと反論をしていたはずの山田社長だが、この活動を始めて以来、かつてからは考えられないほどの現場情報を入手できるようになったという事実もあり、じっと耳を傾け、そして自分自身への内省を試みることができた。

以後社員向けのメッセージを発信し続けた。

自分の思い、トップとしての重圧や迷いまで含めて、自分自身をさらけ出し、社員に語った。直接会うことも大切だが、どうしても目の前で言葉を交わすと上下関係が出てしまったり、ちょっとしたことで感情的になってしまう。メールであれば、冷静に落ち着いて、日ごろの社員への感謝や、照れくさくて言えないような自分の弱みも表現することができる。

山田社長の思いは、少しずつではあるが、確かに会社全体を変えていった。トップの本気を信じる人々が少しずつ現れ、それらはやがて社長の考えの理解につながり、社員への動機付けにつながっていった。

社内の無用な誤解や対立を解消し、代わって仲間同士の信頼感が少しずつ醸成 

PDは現場メンバーにトップメッセージの翻訳を心がけた。また、その都度、社員の反応を山田社長へフィードバックすることにも努めた。これをスコラ・コンサルトでは「参謀機能」と呼んでいる。

変革スタート時期には、社内にこのような「つなぎ役」がいないことも多く、今回も当面はPDが参謀機能を担う必要があった。

変革が進むなかで、参謀機能を務めることになったのが、事務局の杉山さんである。営業マネージャーだった彼は、現場のことも良く知っている上に、ひじょうに問題意識の高い人だった。高い問題意識で長年会社を見てきただけに、最初は会社への批判ばかりを繰り返していた。

彼の中での変化は、トップとの対話を通して訪れた。

トップの考えを聴いたり、質問したりする機会が増えていくうちに、「社長の言っていることは正しいのではないか。会社を良くしようと本気なんだ」と思うようになってきた。

自分が営業の現場にいるときには「言っても仕方ない、また叱られる」という気持ちが邪魔してトップの考えがすんなりと自分の中に入ってこなかったのだと気づくと、同じような状態にある他の社員の気持ちや立場を汲んで、自分が何をすべきかが見えてきた。

店舗に頻繁に出向いたり、若手と接触を持ち、トップの考えや意向を解説して廻る一方、現場の人間の気持ちを代弁して、トップに耳の痛いことでもしっかり伝える努力を重ねていったのである。この事が社内の無用な誤解や対立を解消し、代わって仲間同士の信頼感が少しずつ醸成されていく大きな要因となった。

顧客満足度の向上が数字に表れ始める・・・

顧客満足のあり方を模索して各店舗を廻っていた若手メンバーたちは、自分たちで考え、自分たちで実行する主体性を着実に身につけてきていた。具体的に課題を解決しようという動きになっていった。課題解決型オフサイトミーティングが進むにつれ、次第にあきらかになった問題は「マネージメント層の古い体質」であった。

トップがいくら「お客様来店型の営業スタイルをめざせ」と言っても、現場の店長が「外を廻ってこい!」と言えば、やはり従わざるをえない。トップがもっと店長クラスにしっかり考えを伝えてほしいという議論もあったが、「店長に店の方針について聞いたり、話し合ったりできない我々の側にも問題があるのではないか」という意見も出始めた。店長への働きかけ方などを互いに知恵を出し合い、実行、検証を繰り返していった。

一方、経営層のバックアップをあり、実行のスピードが上がり、サービス内容や顧客満足度の向上が数字に表れ始めた。

経営の一枚岩化
 
「社員が変わるにはトップ自身が変わらないといけないことがやっと分かりました。行動してみて、やっと腹に落ちた気がします。そういう意味では、うちの役員クラスはまだまだ『自分を変える』ということが腹に落ちているとは言いがたいと思います」

山田社長が長年にわたって強烈なリーダーシップを発揮してきたABC自動車販売において、もっとも受動的になっていたのは、実は役員クラスであった。社員側から見れば、「トップと役員とで言っていることとやっていることが違う」というふうに映り、経営陣がバラバラなのではないかという不安感につながっていたのである。

そこでPDは、山田社長や石川さんとも相談しながら、役員オフサイトミーティングを毎週実施し、価値観の共有を図っていった。役員たちは特に立場や肩書きに縛られている傾向が強く、本音で話しはじめるまでにはある程度の時間が必要だったが、山田社長自らが自分の心を開いて話しかけ、役員一人ひとりの話をじっと受け止める努力を重ねた結果、次第に本質的な問題に踏み込めるようになっていった。

「『自分で考え、自分で動く』という風土変革の意図には、反対とか賛成とかの前に、意味がよく分からなかったというのが本音です。しかも、それを社長に問い返せばよかったのでしょうが、当時はそれが怖くてできなかったんですね」と、今では社長の右腕として会社を支えている常務の石川さんは語っている。

インフォーマル・ネットワークが会社の財産

このような活動を通して、店長改革や顧客満足の実績が得られていったのであるが、実はもっとも重要な成果物は、交流して一緒に働いたことでできあがった「部門や立場を越えたつながり」である。

たとえば、ABC自動車販売においても、ある店舗で発生したクレームを巡り、その問題がすぐに違う店舗の技術に詳しい人間に伝えられ、その店舗の上司が数店舗の店長に呼びかけて対策チームを作り、クレームを受けた担当者だけでなく、会社全体として誠意ある行動を示した結果、顧客がその対応に感動して、逆にABC自動車販売の大ファンになってしまう、というような例があった。
 
以前であれば、怒られることを怖れて、担当者はなんとか自分ひとりでやり過ごそうとし、それがかえって顧客の怒りに火をつけ、二次クレーム、三次クレームを引き起こしてしまったケースである。こういった会社の正式な組織(フォーマル・ネットワーク)とは別個の非公式な人と人のつながり(インフォーマル・ネットワーク)こそは、眼には見えなくともいざというときの会社の大きな財産になるのである。

制約条件を跳ね返し全国のCSベスト10に常時ランクインする繁盛店へ

風土の変革によって、主役たる社員の主体的な行動が常態化してくると、それまで制約条件だったものへの見方も変わっていく。「社長が…」、「役員が…」、さらには「世の中が…」といった自分以外の外部要因を制約条件にして、そこから抜け出す努力をしなかった社員たちも、今では「自分自身がどう行動するか」をベースに発想するので、制約条件がなくなったわけではないが、その存在に縛られることはなくなっていった。
 
その最たる例がある店舗で見られた。この店舗は、営業経験のまったくない店長と、新人の営業マンばかりで運営されていた。変革前であれば、このメンバー構成自体が、売れなくてもしかたがない制約条件となっていただろう。もちろん、このメンバー構成が不利な条件であることに変わりはない。しかし、この店舗では店長以下のメンバーで力を合わせて、顧客満足を主軸に据えた営業方針を繰り返し話し合い、実行と検証を重ねていった。

その結果、ほとんど既存客がいない状態からスタートだったにもかかわらず、車両整備などで入ってくる顧客に対し、高いレベルのサービスを提供して喜ばれ、来店客数を伸ばして、現在では全国のCSベスト10に常時ランクインする繁盛店となったのである。

このような前向きで主体的な行動が評価され、実際に成果を出し始めると、変革へのスピードも加速され、ABC自動車販売の全店で、従来の営業マンに頼る「訪問型」から、スタッフ全員で力を合わせる「来店型」への移行が行われるようになり、来店客数の増加とともに、店内での付加価値向上、効率化による生産性向上などを推進し、売上も利益もともに変革前を大きく上回ってきている。

●社員の気持ち

「正直、『またコンサルか』という気持ちはありました。現場のことを何も知らないくせに、偉そうなことを言って、仕事が増えるのはかなわないなと思いましたよ。それに、会社を変えるには、社長や役員が変わってくれないかぎり、絶対に無理だと思ってましたから、『社員のやる気』なんて、勝手なことをよく言うなぁ、って。

今は充実してますよ。少なくとも『やらされている感じ』はないですね。変革期間を通して、同じ社員同士だけでなく、社長や役員もみんな悩んでいるんだってことが分かりました。一人ひとりがこの会社を支えていくんだと思いましたよ。

そういう意味では、あの社長のメールもすごかったですよね。あんなふうに自分をさらけ出してくれて…。やっぱり社長はすごいなと思います。でも、あんまり『すごい、すごい』って思うと、昔みたいに社長の前で萎縮しちゃうでしょ?だから、社長のことをあまりすごいって思わないようにしてるんです(笑)。」

●山田社長の気持ち

「結局、何を変えるって、自分を変えることだったんですね。風土の変革って、言葉にしたら何のことはない、簡単なことなんです。でも、言うのとやるのでは大違い。メールを発信し続けたのは、本当に大変でしたよ。

でも、売上とか利益とかばかりではなく、私は自分が作ってきたこの会社が大好きですから。この会社が、お客様にとってもそうですが、社員にとってもいい会社であってほしい、というのが私を支えた本当の動機なんでしょうね。

何年後も、何十年後も、人々から好かれる会社でありたい、そのためには今の自分が感じているちっぽけなプライドなんて捨ててしまえ、と思ったわけです。

やっぱり一番はウチの社員です。石川をはじめとする役員も自身を変えてくれました。事務局の杉山さんや、若手のリーダー連中がいなければ変革は頓挫してたし、最後には古参の連中が納得してくれたからこそ、変革が成し遂げられたんです。心の底から感謝していますね。

これが言いたかったんです(笑)。自分の会社の社員をけなす社長をなんとかして卒業したかった。心から社員に感謝できる、そういうトップになりたかったんです…。」